現在のAIと未来のAI
現在の特化型AIから未来の汎用AIへ
前回の続きです。
現在のAIは表面上(擬似的に)は人と上手く対話することが出来るようになってきましたが、まだ本当の意味で言葉の意味を理解している訳ではありません。
また、現在のAIには自我(意識)が存在しませんので、擬似的に人との対話が出来ても、本質の部分では物事とAI自身の関係性すら理解しておらず、計算機の延長に留まっています。
つまり、現在のAIはAI自身が何者であるかも全く理解していないのです。
深く追求すれば、たとえば「私は考える」という文章があるとすると、はじめに人としての「私」という自我・意識がないと、「私」という言葉を本当の意味で正確に理解することは出来ないのです。
今回は、現在のAIが未来のAIになる過程を分かりやすく説明するためにビデオゲームの歴史を例にして考察したいと思います。
現在のAIはビデオゲーム黎明期において2Dゲームが流行った頃と良く似ています。
このようにビデオゲームを紹介していますが、これらは70年代後半から80年代前半に流行ったゲームです。
観て頂くと、いずれのゲームも2D世界、平面的な表現しか行われていないことに気付くでしょう。
例え話ですが、現在の特化型AIは、ようやく黎明期の2Dゲームの領域に到達したといえる状況になってきたと思います。
この先、ビデオゲームが進化していったのと同じことがAIの分野で起こることが予想されます。
2Dゲーム全盛期を経て、次の段階では
2Dゲームが疑似3Dゲームへと進化する時代に突入します。
この動画のゲームでは2Dゲームの平面的な表現から抜け出して3Dのような表現が試みられています。
これらは80年代後半から90年代前半に流行ったゲームです。
すべてが、この手のゲームに切り替わった訳ではありませんが、この頃は、こういった2Dから疑似3Dの表現に向かった時代だったことは確かです。
疑似3Dですので、見た目は3Dらしく見えて迫力がありますが、 ゲームの内部処理は2D処理によるものでした。
今のAIをビデオゲームの歴史にたとえると、ちょうど2Dゲームの時期にあたりますが、ビデオゲームの世界において擬似3Dの表現がされたように、そろそろAIにも変革が起こってもいい状況になってきました。
それは内部処理は2D処理(特化型AI)であっても、見た目は3Dみたいなゲーム(擬似的な汎用AI)といったものです。
つまり、今後のAIの分野では特化型AIを工夫して使うことで、擬似的に未来の汎用AIのようなものを作ることが出来ると考えられます。
これからは特化型AIなのに擬似的に汎用AIみたいに動かすことが出来る時代になります。
私の勝手な予想に過ぎませんが、おそらく、この時代は長く続くことになると思います。
逆に一気に技術が進歩して汎用AIの登場が早まる可能性も完全には否定できないですが・・・。
ゲームの世界では
疑似3Dゲーム全盛の時代のあと本当の3Dゲームの表現が始まりました。
3D時代に突入したゲームも初期の頃は見た目や動きが良くなかったですが、現在では、このように実写かと見間違うほどの表現に到達しました。
ゲームにおいては「2Dゲーム」→「疑似3Dゲーム」→「本当の3Dゲーム」といった進化があったように、AIの世界でも似たようなことが起こると思います。